2022年3月14日

一枚日本古錢上的和製漢字

作者 jerryyou

前幾天有人來問我一枚日本古錢上的幾個字是什麼,古錢如下圖所示:

正面
背面

我查了一下,上和下應該是“𪮷”,左邊應該是“𪮇”,右邊類似“抬”,只不過右上角是“𠂉”。首先查閱《和製漢字の辞典》,在“扌”部首下沒有查到這幾個字。經過谷歌搜索後發現這幾個字出現在日本大阪府一個名叫“𪮷(⿰扌⿱𠂉口)𪮷𪮇神社”的神社名字中。

根據Wiki頁面顯示,該神社的創建年代應該是1950年(昭和25年),然而這枚古錢的背面顯示的卻是水波紋,應該是跟我們清朝同一個時期。因此我推測這幾個字的出現年代應該早於1950年。於是我看了Wiki頁面的其他內容,發現有提到這幾個字的意思:

信者は無傷無病、延命長寿の神としている。𪮷(⿰扌⿱𠂉口)𪮷𪮇(サムハラ)[5][6]とは不思議の4文字で、身を守ると信者の間では言われている。これは漢字のような文字であるが、神字であり漢字とは異なる、とされる。Unicodeには、(⿰扌⿱𠂉口)のみが収録されておらず、活字変換は不可。他の文字は全てCJK統合漢字拡張Cに収録されている。

東大寺(印西東大寺)(千葉県印西市)、雷山千如寺大悲王院(清賀上人により十転化の功徳があるという)など各地の寺社のお守りの呪文に使用されている。

用翻譯器翻譯了一下,大意應該是這幾個字是被用在護身符上。後文有提到這幾個字可能來源的幾個故事:

  • 加藤清正は文禄・慶長の役の時、サムハラを武器の刃に彫りつけて信じていたために万死に一生を得たと信者はいう。
  • 『耳嚢[8]』巻2に、1782年(天明2年)、新見愛之助という小姓が登城の時に馬ごと坂の下に落ちたが怪我がなかった、と信者は宣伝する。他の者に理由を聞かれると領民から送られた守護札を見せ「領民が野においてキジを矢で射たが当たらず、逃げようともしない。弓がうまい者たちが競ったが駄目であった。このキジを捕まえたところ背中に𪮷(⿰扌⿱𠂉口)𪮷𪮇の4文字が書いてあった。『この文字を書いた札を懐に入れておくと良いことがある』と流行った。」と語った[9]との記述がある。
  • 平田篤胤の『仙境異聞』(下) 三之巻[10][11]に慶長年間に大樹公(征夷大将軍のこと)が狩で発見した鶴の羽にあった文字(𪮷(⿰扌⿱𠂉口)𪮷𪮇の文字)が怪我よけとして広まり、寅吉が仙骨の人の符字のようなものに見たが、「ジヤク、コウ、ジヤウ、カウ」というように聞いたがよく知らないと言ったという。
  • 岡田挺之の随筆『秉穂録』に「福岡で鶴を捕ったところ、鶴の翼に「さむはら」という四文字の符字があった。長命の符字であるだろうと人々はこれを写し取って帯びた。また斎藤実盛の位牌が淡路のある寺にあり、位牌の背にこの四文字がある。最近、江戸でこの符字を帯びた人が落馬したが怪我が無かったので、これを帯びることが流行した。」とある[12]。
  • 國安仙人(万延元年(1860年)7月23日-大正元年(1912年)9月28日 幼名 米太郎 普明光美 加波山神社の摂末社普明神社に祀られる。)が信者に与えたタク字びよる霊符の最初の4文字がサムハラの文字(読みは「けん しょう けん ご」)であったという[13]。

第三條提到了平田篤胤的《仙境異聞》中有提到這幾個字。打開鏈接看了一下,原文是這麼寫的:

慶長中大樹公御狩の時、鶴羽に在りし文字とて、怪我除けの由にて、[※1]拾[※1]招、「一に[※1]抬[※1][※2]、但し守り札の板形を写す」かくの如き四字を記して守りとす。寅吉云はく、「此れ仙人の常に謡ふ、符字の如き物の中に有る文字なり」
引用者注: [※1] は手偏+合+辛 (手偏に、合の下に辛)、
      [※2] は手偏+己+力 (手偏に、己の下に力)。

根據引用者注可以得知[※ 1]應該是“𪮷”,[※ 2]形似是“𪮇”,即“𪮷抬𪮷𪮇”。而平田篤胤是18-19世紀的人物,符合這枚古錢的大致年代。因此我們可以得出結論,這幾個字在18世紀甚至更早就已出現並被使用,而這個神社的名字是引用自這幾個字的。這種錢屬於厭勝錢,是典型的廟宇錢,符合這幾個字可能表示的辟邪用途。

參考鏈接

𪮷抬𪮷𪮇神社

Wikitionary – 𪮇

Wikipedia – サムハラ神社

稀少地名漢字リスト – CJK統合漢字拡張C